2020年6月15日月曜日

FINAL FANTASY XV

めちゃくちゃ良いゲーム、でもメインストーリーは薄いし短いし結末は明確に大嫌いな部類のものだったのでまだイッッッとなってる。エピソードあれそれはまだやってなくて小説も未読、クリア後本編を満足するまでやってから手を出すか〜と思ってます

だらだら書くぞー!
最初は要求される移動距離がいちいち長くてイライラして、ガソリン入れるたびに挟まれる演出にイライラ、宿泊しないと上がらないレベルにイライラ、あれにイライラこれにイライラしていて信頼できる筋の高評価がなければもうやめてたぞくらいの勢いだったんだけど、延々サブクエストをやりながらたどり着いた拠点で宿泊した日に「理解」が来た。
その日は朝から雨が降り続いていて、雨だと暗いし視界も悪いから嫌だな〜と思いながらモービルキャビンに宿泊。ボタンをぽちぽち押してプロンプトに写真を見せてもらって、次の日の朝、目の前に広がったのがこの景色だった。


濡れた道路が朝日のきらめきを受けて輝いていて、「どうしてこんなにきらきらしてるんだろう」と一瞬考えこんだ。「そういえば昨日は朝からずっと雨が降っていたな、寝ている間に雨がやんで、それでこんなにきらきらしてるんだな」そう思った瞬間自分が今この世界で「生活」をしていることに気付いた。FF15は「体験」だというようなことを当時言われていたのを何となく覚えていて、まあ言いたいことはわかるけどさ〜と思いながらプレイしていたけど、それがこの瞬間に一気に腑に落ちて、自分が今ノクトたちと一緒に「体験」をしていて、「生活」をしてるんだと理解してしまった。呆然としながらしばらくこの景色を眺めていると、いつしか道路は乾いていて、ああ昨日受けたままのクエストをやらなきゃ、と歩き出して、そこからはもう長い移動距離もガソリンを入れるたびに挟まる演出もあれもこれもなんにも気にならなくなっていた。わたしは「生活」をしているんだから、そりゃ移動には時間がかかるしガソリンを入れるたびにちょっと待たなきゃいけないよな。そうするともう何もかもが楽しくて、COVID-19の影響で仕事と買い出し以外はどこにも行かずにずっと家にいてさすがの超インドア派でもくさくさしていた気持ちがぱーっと晴れていくのを感じた。仲間たちと車に乗って、音楽を聴きながらいろんな景色を眺めて、突然車が止まったかと思ったらイグニスが「モンスターの移動だ」と教えてくれて前を見るとモンスターの群れが道路を横断していて、動き出した車から移動していったモンスターたちを眺めて、向かった先で釣りをしたりキャンプをしたり、楽しくて楽しくて仕方がなかった。わたしは時にノクトだったし、時に5人目の仲間だったし、時にすべてを見守る天の目だった。大変なことが起こっているのに何のんびり釣りしてんだと思いながらちょび…ちょび…とメインクエストを進め、その時できる限りのサブクエストを受注して消化し続けた。プロンプトが日々撮影してくれる写真は涙が出るほど愛おしくて、ずっとずっとみんなで旅をし続けたかった。

旅の中でみんなの良いところや悪いところをたくさん見た。
ノクトは本当に良いやつで、ひとと関わるのが大好きなんだろうなあと思った。サブクエストで関わるひとたちに軽口を叩く姿が可愛らしくて、釣りに夢中になって「あと一回!」とねだるのも可愛かった。(釣りをし続けていたのはわたしだが…)
でも胸のうちに抱えているものを全然話してくれなくて、自分からも言わないし水を向けられても言わない。心配でならなかった。だから神の声を聞いて頭痛に苦しんでいるときなんかも心配で心配で、嫌なら嫌だ、苦しいなら苦しいって言ってくれ、どうかわたしに抱きしめさせてくれと思いながら物語を進めていた。どうか誰かノクトのことを抱きしめてあげてくれ、そして何もかもをうまく進めてくれ、なんてなんにも叶わなかったんだけど。今ちょっと泣いてる。
イグニスも本当に良いやつで、ちょっと口うるさいけどすごく真面目でノクトのことを大切に思ってて、車の運転がうまい。(一回だけ切り返し損ねて「…すまない…」みたいになってるところを見たよ。わたしが運転するとすぐボカーンってなってフロントガラスが切ないことになるのでイグニスはすごいと思う)コーヒーが好きなのかエボニー限定なのか、コーヒーが好きなのならコーヒーの話をしてみたかった。コーヒーが好きならキャンプでコーヒーを入れるためのグッズを揃えてそうなのでエボニー限定なのかな。槍を使う姿がものすごくかっこよくて、「竜剣」にはキャハー!!となっちゃった。イグニス、竜騎士なのか!?ジャンプしてくれ〜!(アラネアがジャンプした)生活に関することには口うるさいけどノクトの王、王子としての行動にはあんまり厳しいこと言わない印象があったな。だからグラディオが言うんだろう。
プロンプトは本当に本当に本当に良いやつで可愛くて可愛くてギュギュギュと抱きしめてチューしたい最高に可愛い男の子。ここで言うチューしたいとは可愛いネコチャンなどにア〜〜!!!カワイ!チューしたい!!したろ!!!!みたいな感覚のチュー。今100時間以上プレイしてるけど間違いなく99時間はプロンプトのこと考えてるしチューしたい。本当に可愛くて良いやつ。場の雰囲気を軽くするために立ち回ってる印象も強いけどそれ以上にわりとわがままを言いまくってて、ノクトのことをめちゃくちゃ信頼してるし大好きなんだろうなと思うと愛おしくてたまんなかった。どっかのホテルに泊まったときに屋根の上で会話イベントが始まったときは俺…プロンプトを攻略しちゃうのか…!?と思ってびっくりした。想像してたよりだいぶ重い事情を抱えてて、なんだよそんなこと、なんでそんなこと、言ってくれれば良いのに、誰もそれを悪くなんて思わないのにと思ったけど、それはわたしがプロンプトじゃないから言えることなんだよな。本当に本当に可愛くて優しくて良い子、愛おしい最高にすてきな男の子だった。
グラディオは良いやつなのはわかるが絶対に許さねえ〜という気持ちが超デカい。旅をしながら、こいつ見た目や雰囲気よりだいぶ子供だしお坊ちゃんだなと思ってて(あとで年齢を見て納得)だからなんでそこでそういうこと言うねん叱咤激励のつもりか!みたいなムーブにも納得感はあったが、あとでちゃんとそういう自分の行動について省みるところあったのかなあ…というのが気になって仕方ないところ。でも良いやつなんだよな。ノクトがグラディオのことすごく信頼してて好きなのが伝わってくるたびにだからこそキリッと胸張って兄貴ぶってみせなきゃいけなかったんだ〜と思った。それでも列車でのあれはひどかったし、八つ当たりでしかなかったので謝ってほしかったな。若いししょうがないね。まあ十年経っても一緒だったけどな。

そんな風にずっと楽しく旅をして生活をしてきたので、ただでさえ嫌いな部類の結末が嫌で嫌で仕方ない。
こんなのノーマルエンドですらない、この後のより良い結末を迎えるための周回の前振りのバッドエンドくらいのもんでしょう。白龍の鱗を使って時空を遡れ。そして我らが王を救い、全員攻略ののちアーデンルートを解放、アーデンを攻略して大団円を迎えなきゃいけない。
エピソードほにゃららやら小説やらでいろいろあるみたいだけどゲーム本編でお出しされた結末がこれでしかないのが本当に本当に嫌だし2010年台後半にもなって何を良い話ふうに収めてるんだ。誰かの命を犠牲にして救われた世界なんてごめんだ。叛逆の物語は2013年だぞ!!えっ2013年…!?「FINAL FANTASY XV 叛逆のKB」が必要なんだよ。
ノクトは全然胸のうちに抱えたものを話してくれなくて、ただ夢や回想の中からどれだけルナフレーナのことを愛していたのかをうかがい知るくらいしかわたしにはできなかった。案の定オルティシエでぽっきりと折れてしまって、折れてもまだノクトは自分の悲しみも苦しさも激情も叫ばずにもっと抱え込んでうずくまってしまっていて、グラディオがワッッッとなってしまう気持ちもわからんでもなかった。(この陰鬱な時期につとめて明るく振る舞うプロンプトがあんまり健気でわたしは苦しくてたまらなかった)
だからあの結末のあとに、最後のキャンプでの会話を見せられたのが余計に嫌で嫌で嫌でまだ消化しきれない。
ずっとずっと何もかも抱え込んできたノクトが、みんなの前で「つらい」と言った。泣きながら「つらい」と言ってくれたのに、仲間たちはそりゃそうだとか聞けてよかったとか言えたじゃねえかとかで終わらせてしまって、やっと聞かせてくれたのに玉座に向かうのを見送ることしかしてくれなかった。わたしがそこにいれば行くなと言ったし嫌だと言ったし泣いてわめいて引き止めたのに。絶対に他の道があるはずだと、諦めたくないと泣いてわめいたのに。四人ともみんなかっこうよくキメて行ってしまったし行かせてしまった。何もかっこうよくない。こんなものがゲーム本編のエンドだなんて絶対に認めたくない。叛逆の物語をよこせ!!!!!
わたしがそこにいれば白龍の鱗で時空を遡って誰も死なせないで世界を救う道を見つけるために戦ったのに。わたしはそこにいないのでなんにもできなかった。

先述のFF7の感想でも触れたけど、FF15はまさに「体験」の物語で、もし配信で見ていればわたしは「こういう話大っ嫌いなんだよね」で終わってたと思う。本編クリアまで80時間強?かかってると思うんだけど、80時間の「体験」がFF15を「大っ嫌いな結末だったけど大好きなゲーム」にした。プレイできてよかったと思う。発売当時にプレイしなかったことすらわたしにとっての意味があったように思う。
朝日にきらめく濡れた道路、ぶつけまくった車、何が起こってんだかわからないまま敵を殴り続けたさまざまな戦闘、つくってもらったいろんなごはん、あちこちで食べたおいしいごはん、調子に乗って難題を押し付けまくってくるサブクエストの人々、あちこちで撮った写真、道路を横断するモンスター、遠くに見えるめちゃくちゃでっかいモンスター、早朝から日が暮れてもまだやり続けた釣り、めちゃくちゃでかい魚を喜んでくれた仲間、みんなで見ためちゃくちゃでかい鯨、キャンプ道具を片付けない仲間たち、暗い洞窟をゆっくり歩くみんな(走れ!!!!!!!!!!!!!!!)、状態異常を受けて喘ぐ仲間たち、喘ぎに色気がないグラディオ、グラディオが戦闘終了後になんか拾ってくれんの犬みたいでかわいい。ダンジョンから出てきたときにまだ入り口で待ってくれていたチョコボ、雨の日だけいるすげーでっかいカエル、ワンプレートの仕切りを無視してドェ〜ンと盛り付けられた料理、カエルを捕まえるのがうまいノクト、チョコボのヒナってそんな感じなんだ!?という驚き、必死に釣ったマグロ、店の出入り口にたまってて邪魔な仲間たち、強風に髪型を気にするプロンプト、魚は釣るのも食べるのも好きなノクト、野菜が嫌いなノクト、「虫ダメだったよな?」「オレ?うん、全然ダメだね」「だよな、オレも」、道端で車が故障して途方にくれてるひとをせっせと助けるノクト、すっげ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜でかい亀、泳ぐチョコボ、串焼きの肉を毎回食わせてくれる屋台の兄ちゃん、みんなでぶっ潰した帝国基地、プロンプトの銃の連射音がでかくてびびる、オルティシエのうつくしい街並み、妙に元気なゴンドラ乗りの兄ちゃん、ショーウインドウに飾られたルーナのウエディングドレス、すっげ〜〜〜〜〜〜〜〜でかい鳥、猫缶、ついていくのがめちゃくちゃ難しかったアーデンの車、めちゃくちゃ遠いガーディナ渡船場、人参だけを作り続ける畑、みんなオレの好きなものだぜ。

マジほんまあの結末は大嫌いだし許さない。わたしはこの手に握った白龍の鱗で必ずみんなが幸せにいられる道を探し出してみせるし絶対に諦めない。行くぞ八葉オレについてこい!!!!!!!ノクトを絶対に死なせない!!!!!!!!!!!!!みんな!!!!!!!やってやろうじゃねえか!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
もうすぐ発売の遙かなる時空の中で7をめちゃくちゃ楽しみにしています。
なんか思いついたらまた書こ。

ちなみにこの結末に苦しめられてはいないし傷ついてもいない。ただただ怒っていて腹を立てている。わたしは誰かを犠牲にして救われる世界が大嫌いで、よっぽど「うまく」紡がれない限りこんなもん認めてたまるかと怒り続けるようにできている。
FF15に関しては、10年すっ飛ばされたのが特に「雑!!!!!」と感じる部分だと思う。


75時間だったな。

FINAL FANTASY XV (ファイナルファンタジー15) | SQUARE ENIX

2020年6月8日月曜日

FINAL FANTASY VII REMAKE

リメイクが発表された時、絶対これに合わせてPS4を買うと決意していて実際そのようになりました。
プレイ中はFF7Rの欠点はミッドガル脱出までなところとミッドガル脱出までなのに1万円するとこだよと思ってたんですけど、いざ終えてみるとミッドガル脱出までしか入ってないというのが欠点としてカウントされなくなったし、何ならもうこのまま続きが発売されなくても良いんじゃないかと思わされるくらいとんでもないものを体験させられた。こんなことがあるのか。あった。

グラフィック、映像、文句なし。めちゃくちゃリアルな割に見辛いとかわかりにくいとか酔うとか(もともとゲームで酔ったためしはないんだけど)そういうのもなく何をどうやったらこうなるんだ…。FF7Rのあとすかさず15を始めたんですけど、比べるとありとあらゆる部分から違和感がなくなっていて技術の進化に時間差で驚かされました。マップがわかりやすく、人物の動きがめちゃくちゃ自然。
そこいらの群衆の中に当たり前のように有色人種がいて、クリア後情緒がめちゃくちゃになりながら見直したACCでは全然見当たらないな…という印象だったのでそこも変わった部分なんだな…と思う( AC2005年ACC2009年)
バトルシステム、大好きなやつなので大はしゃぎで遊べた。キャラをぽんぽん切り替えていけるのが楽しかったし、ティファのスピード感と高火力が嬉しかった〜!踊るようなエアリスの攻撃モーションも素敵でかわいかった。敵キャラのモーションはルードとルーファウスのが最高に良かったな…
2020年にこのグラフィックであのストーリーはさすがにキツかろうと思ってたんですが上がった映像の解像度に合わせてキャラ・物語の解像度も上げてきていてこういうふうにすればいいのか〜!と思いました うまい…そして解像度が上がれば上がるほどよくわかるバレットの憎めなさと悪質さ…みたいな感じでなんかね…2020年にこうやって改めて考えることができるの、嬉しいな……って思った…… このレベルでシドのエピソードがそのままお出しされたら普通に無理そうなのでなんかうまいことやってほしい。
クラウドがかわいい。

エアリスとティファが"連帯"していてたまんなかったな〜!クラウドを挟んでお互いライバル的に意識しつつ、それはそれとしてお互いのことが好きで友達でありたい、というのがしみじみと描かれていてよかった。エアリスがティファのことすぐに大好きになっちゃって、ティファもちょっとびっくりしたけどエアリスのことが大好きになっちゃってるというのがとても伝わってきて、よかった。一緒に買い物に行くところが見たいな、雰囲気の良い小物とかを。
列車墓場のイベントがとにかく良かったよね、誰かに見つけてほしかった女の子をティファとクラウドが見つけてくれるんだよ…
「あの時救われたかった思い」が時を越えて報われる描写、どんな作品で見ても泣いてしまう。

これについて書き留めておかないと何にもならないので録画禁止区間の話をするんですけども、本当にこれでめちゃくちゃにされちゃってて、直後に半額セールきっかけでFF15を始めることができていなかったらたぶんまだうめき続けていたと思うんですけども、もう本当に本当に情緒をめちゃくちゃにされたので責任を取ってほしい。我々はこの手でオリジナルを捨てることを選択させられたんだ…リメイクってそういう…そんな…そんなことしていいの!?そうなんだ…そうなの…
twitterで「公式からプレイ動画の有料配信みたいなのあれば良いな」という話があって、何でも間口が広がるに越したことはないし自分だってもしかしたら明日手が動かなくなってゲームができなくなるかもしれないし、と思うのでそういうのあれば良いと思ってるんですけど、プレイ体験による印象の劇的な変化って常にあるものなので動画を見ることでは絶対に得られないものもあると思うんですね(そんなものはプレイ動画の話のみならずありとあらゆるメディアミックスの中で生まれるものなので公式有料配信の是非には関わらないお話であり、そもそも同じゲームをプレイしてもプレイスタイルの差によってすら生まれるので本当にどうでもよい話です)で、FF7Rにおいて「体験」が必須だったかというと(わたしは)そうでもないなと思ってるんですがそれでいて同時に「FF7(オリジナル〜コンピレーション)の体験」を支払わせにかかった作品なんですよ…支払わされた、我々は。わたしは。
人生の一部になってる映像を垣間見せられて、それを「我々が捨てようとしている風景だ」と言われて、わたしはその先を見るために選んで進まなければならなかったんですよ、支払った。支払ったので、胸に抱えてきたはずのFF7とその先のお話はFF7Rの先にはなくなってしまって、導(しるべ)はなくなったのでもうどうなるかわからん。だからもう続きが出なくてもいいんですよ、導はなくなったので…13年経って導がなくなることってあるのか。あった…いや続きは出てほしいです
このあとどうなると思う?わからん。
セフィロスは小説のライフストリームにクラウドとの縁以外全部くれてやったあのセフィロスなんだろうなあ。そんなことある?

ACを初めて見たとき、こんな映像のゲームをやりたいと強烈に思ったのをものすごくよく覚えているので、本当にプレイできてすごく嬉しかったしびっくりしたし生きていてよかったと思った。
FF7が好きでよかったです。

FINAL FANTASY VII REMAKE | SQUARE ENIX

2020年3月17日火曜日

アクタージュ

現在エピソード進行中の「羅刹女編」について。覚えていたいので書いておこうと思い、書きます。
・「山野上花子」の著作「羅刹女」の舞台作品を2チームに別れて興行し、勝敗を決めようという話
以下公式サイトより引用

舞台の主人公は、「西遊記」に登場する天の風の神「羅刹女(らせつにょ)」。彼女は、夫である「牛魔王(ぎゅうまおう)」の女遊び、息子「紅孩児(こうがいじ)」出家の悲報に日々怒りと悲しみを募らせていた。 そんな彼女の元に現れたのは息子の仇である「孫悟空(そんごくう)」。彼は天竺への旅の行く手を阻む「火焔山(かえんざん)」の炎を消すため、彼女が持つ宝具「芭蕉扇(ばしょうせん)」を借りに来たのだ。それを拒む羅刹女に対し、様々な知恵を働かせ、芭蕉扇を奪おうとする孫悟空。
羅刹女は孫悟空に憤慨し大立ち回りを演じるが、徐々にその怒りは目の前の敵、孫悟空ではなく、長らく不在にしている夫・牛魔王へと向かっていく。 これは、ある一人の女の、嫉妬とも自己嫌悪ともつかぬ、「怒り」の物語——。

今週のWJで自身の演出する「羅刹女」について黒山墨字が説明した解釈が本当に嫌で仕方なかった。あまりにも嫌なので書き残しておきたいので書いています(2回目)

「山野上 あんたが向き合うべきだったのは無理矢理作った敵でも自分の中の炎とやらでもねぇんだよ どうしてもそれを愛してしまう そういう自分を許すことだろ "羅刹女"は"怒り"の物語じゃねぇ 手前の気持ちを認められねぇ女が孫悟空に背中を押される そういう"救い"の物語だ」

花子が自身の"演出"で役者たちに仕掛けたことはとうてい許されることではないし、そもそもこの羅刹女という作品が面白いのかどうかさっぱりわかんねえしアクタージュが繰り返し描写する「観客の軽視」が嫌で嫌で仕方ないんだけども、それにしたって黒山墨字の「解釈」はひどい
面白いかどうかは置いといてただとにかくこの羅刹女という作品には花子の生々しい怒りが、花子という女の怒りがこれでもかこれでもかと詰め込まれた作品なのは間違いなくて、それを男性である黒山が「怒りの物語ではない」と全否定するのが苦しくてたまらなかった
わかりはするんですよ、怒りの物語ではないと思ったのは本当だろうし花子が無意識的にせよ求めているのは確かに怒りのその先であろうし
でも「怒りの物語じゃない」と全否定するのはどうなの それはお前の解釈でしかないとわたしは思った!
黒山が物語の中に「救い」を見出して、そのように自身の舞台では演出しようとするのは何もおかしいことではないしそれこそが原作者の手を離れて他のクリエイターたちによって別媒体で産み直される「作品」の醍醐味だと思う
でもまるで黒山の言い方じゃ「羅刹女」原作そのものが怒りの物語ではなく救いの物語だと言っているようで、そんなことあるかよ、どうしてこの燃え盛る狂おしいバカみたいな怒りを否定されなきゃいけないんだ
怒りの物語であることは間違いないし、救いの物語であることもたぶんそうなんだろうけど、どうして両立させてはいけないんだ、何より軽視されがちな「怒り」をただでさえ何よりすばらしいとされがちな「救い」で上書きしてしまうの そんな身勝手あるかよ
黒山は以前も「銀河鉄道の夜」のカムパネルラのことをエゴイストだと言い放って、その時も思ったけどもとにかくそういうセンセーショナルな「解釈」で他のすべてを塗りつぶそうとする
そういうキャラクターなんだろうけども、もしわたしがアクタージュの世界に存在する群衆のひとりで、山野上花子の「羅刹女」を読んでいたとして、どこかで黒山が怒りじゃねえ…救いだ…!と発言するなり書き記されるなりしたら怒り狂ってだからこいつ(黒山)の作品は嫌いなんだと吠え倒していたと思う 花子の羅刹女(原作)が面白かったかどうかは置いといて、間違いなくこの生々しい怒りは受け取っていただろうから、絶対にキレてキレてキレてめちゃくちゃブロックされたりしてたと思う

それはそうとして花子演出の羅刹女何がおもろいねんこれ!!になってたと思う

原作の結末や流れに否を唱えたい、自分の思う「救い」を与えたいと思ってする二次創作はこの世に確かにたくさんたくさん存在していて、「合う」もあれば「合わねえ〜〜〜」もたくさんあって、その中には「原作そのものを否定したくてする二次創作」もあって、どれも「悪い」ものじゃない 良いとか悪いとかの話じゃない どれもこれもそれはひとびとの「祈り」だと思う
黒山の「解釈」だって悪いものじゃない、良いとか悪いとかの話じゃない
わたしは黒山墨字が嫌いなのでま〜〜〜〜〜〜〜〜〜たこいつこんなん言いよった許せん何が許せんのか考えて文字にしておこうこれがわたしの怒りだ!!!!!!!!!!!!!!!というのがこの投稿です

これがワイの怒りや!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

ともあれエピソードはまだ中途であるし、この後なんかあるかもしれんので、この怒りは3/16(もう17日だ)の怒りとしてここで締めとさせていただきます。これが俺の怒りや

舞台「羅刹女」公式サイト

2020年1月31日金曜日

パラサイト 半地下の家族

すごいワクワクして見に行ってめちゃくちゃ苦しくなって帰ってきた。犬は死にません
前半はみんなゲラゲラ笑いながら見てたのに後半はもうマジで静まり返ってすごかったしわたしはずっと両手を握りしめていた
わたしもわりと笑ったんだけど最初からずっと不穏、不穏というか…ずーーーっと"断絶"が描かれててそれは我々にもよく思い当たるあれこれで、しんどかったね…

お話も画面づくりもものすごくテクニカルですごかった!画面の縦横比をフルに使いましたみたいな

何が苦しいってあの豪雨の影響なんてまるで受けない高台にあるパク家の上にも家があるんだよな 坂の上、さらに向こうがある
ヨンギョは生まれながらのお金持ちでパク社長は成り上がりなのかなあと思った…
ヨンギョ、聞いたことをすぐに信じて事実そうだと思い込む癖、一番ウワ〜〜〜となったのが臭いのところで、あんなにギテクと近距離で話したりしても全く気にしてなかったのにドンイクに聞かされた次の日に突然気になるようになって窓開けたりして 騙されやすいというかそういう構造をしたひとなんだよな…
あんなにフワフワヘラヘラと受け流していたギテクのトリガーが「臭い」だったのもだよな〜感とか そうだよな〜……

ダソン本当にかわいそうで、二度とケーキ食べられないだろうなと思うと悲しい

DPRKジョークがどう受け止めたらいいのかわからなくて怖かった!あれは韓国ではどういう位置にあるものなんだろう…こればかりはわからないね

ギジョン役のひとがめちゃくちゃ可愛くてドキドキした パク・ソダムさん 覚えるぞ〜

本当に徹頭徹尾"断絶"とはどういうものなのか?というのを突きつけられ続ける苦しい映画だった
ダヘがギウを見つけ出して背負って逃げたのが希望のように思えるけど、それを希望だと呼ぶことがどれほど残酷なのかとか考えるともう頭がパーンなんですな
見て良かったし見たひとといろんな話がしたいなと思うが頭が痛くなる

おすすめです!


映画『パラサイト 半地下の家族』オフィシャルサイト

2020年1月9日木曜日

BEASTARS17巻

メチャ良抜粋しておく

・「「肉食と草食の正しい関係」なんて私とパスタの関係と同じ 食べて食べられる関係 ただそれだけですよ それでいいんです だから楽しいんです だから仲良くする意味があるんです私たち ずっとずっと…」「…いつか本当に食べられてしまうよ そんなこと言ってると」「どうせ死と隣り合わせなら愛情に命かけます」
・「俺がメスウサギで君がオスオオカミなら 君に抱かれて君に食われてたらどんなにいいだろうって…」
・「ふーん もう大丈夫だよ朝ご飯買ってきたし」
・「どんなに不安な気持ちで起きても 怖い夢を見ても朝起きたら食卓で必ずヨーグルトを選ぼう」←めちゃくちゃうつくしい幸せの形じゃないですか?


白か黒か選べと言われてあえて灰色であろうとする(DARK EDGEの主人公を指して相川先生が言ってたやつ)みたいな話が好きなんですけどそうそう それだよ〜〜〜〜という感じ
あえて灰色であろうとするの、どちらかを選ぶよりだいぶしんどい選択だと思うので 好きだな…

あとハルちゃんがマジでいい女だな…と思った いい女、の一言で表すのももったいないというかそんな一言に収まる女じゃないけど…
「ふーん もう大丈夫だよ朝ご飯買ってきたし」最高だよ…

BEASTARS 第17巻 | 秋田書店

2019年11月30日土曜日

快適に読めるおすすめの漫画

快適に読めるおすすめの漫画ってありますか?という質問をもらいまして、せっかくこういう場所もつくったしまとめてここに書こうかなと思ってここに書きますということです。(?)
文脈としては宇崎ちゃんの献血ポスター問題において篠原健太先生が「完全に性的でない女性を描こうとすればそれは男性的と同義になる」といった発言をされそこからアワワ…アワワ…………という感じになったときにいただいたご質問でした。
ただわたし、長年の内面化が抜けきっておらず、面白いと思いながら読んでいる場合どうにも"引っかかる"ところを無意識にスルーする癖があるようで(本当に気がついてなかったりもすると思う)、いざ聞かれると自信を持っておすすめできる漫画がいまいちわからないというのが今回わかりました。なのでもしかするとあまりご期待に添えないラインナップになってるかもしれません…

鬼滅・呪術廻戦・金カム・犯人たちの事件簿は読んでらっしゃるとのことで抜いて、できれば少年漫画とのことなのでそんな感じで思い浮かんだものを書いていきます
せっかくなのでだらだら書きます

『ジモトがジャパン』|集英社『週刊少年ジャンプ』公式サイト
ジャンプからは断然ジモトがジャパンです。(最強のほうに移籍しちゃいましたが週刊にも4コマが毎週載っている)
「地元ネタ」というステレオタイプのかたまりでウケをとるギャグまんがだからこそいらんところで人を踏まないように考えながら描かれている気がするまんがです。たまにスレスレのところネタにしてくるな〜!!という時もあるんですが信頼の貯金で安心して読めるというか…(露出狂の話とかだいぶヒヤヒヤした)
残念なのが顔や造形が「オモシロ」なキャラはそこをネタにしてよいということになってるらしいところで、ギャップ狙いといえば良く聞こえるけどダメだよな〜と思うところはありますね…
アニメもやってますがおはスタの5分枠ですごい早口です

CYNTHIA THE MISSION 1巻 |無料試し読みなら漫画(マンガ)・電子書籍のコミックシーモア
シンシアザミッション。
10年以上前に完結したものなのでさすがに古さはあるんですけど読み返してみたらすげーよかったので…最終巻が2008年だった
一切踏まれないかというとン〜……というところもあったんですがせっかくだからおすすめしたいし書いておきます
当時のわたしはこのまんがにバトルとお話の面白さとエログロと萌えしか見ていなくて、作者の後書き(すごい長文なんですよ)などでうわっすごい"思想"だ…あんまり作者には深入りしないようにしておこう!とか思ってたんですよ…
それがここ最近、宇崎ちゃん献血ポスター問題ですね、あの辺りで高遠先生のツイートがたまに目に入るようになりまして、そしたらめちゃくちゃ"わかる"というかそういうことか〜!!みたいに思ったんです あの時言ってたのこういうことか〜!こういう方向性の方だったんだ!みたいな
もちろん10年以上前なので全く同じではないと思うんですけど
なので読み返してみたらこれがもうすごく良くて…
主体性を奪われてきた少女たちが主体をその身に取り戻す戦いのお話だったんですよ…
最終巻発行から何度か読み返してたんですがようやくこれに気付くことができてびっくりしたし感動している
人をだいぶ選ぶ作風なので「快適に読める」というお題でおすすめするのもどうなんだ?とは思いつつおすすめしてしまいます
最近同作者のまんがを読んでいないので最新作読んでみようかなと思っています

イジらないで、長瀞さん - ナナシ / 【第1話】「センパイってちょっと...」 | マガジンポケット
なんか流行ってるらしい可愛い女子にイジられものです 可愛いんですよ……
最初数話がちょっとしんどいところありますが、その最初数話で「長瀞さんとセンパイでなければ大惨事だったが長瀞さんとセンパイだったのですべてが完璧に噛み合っちゃった」が見えてそのまま読ませちゃう感じのまんがです
性癖出会いからの俺たち今"恋"を目撃してるぞ!!!!への流れるような展開、最高なんですよ……
これからも安心して読めるかというと確信は実はありません…なんですけど妙にバランスが良いので妙なバランスの良さを目撃してほしさがあるというおすすめです
わたしこの作者がお絵かき掲示板に投稿した絵を置く保管庫をつくる前からず〜っと見てて…それこそ最初の投稿から見てたんじゃねえかってくらい見てて…性癖はひとを選ぶアレなんですけど、思い返してみれば欲望と同時にものすごい理性を感じる作品が多かったなと…理性で女の子をメチャクチャにしていた…理性でそれができる人間はそうしないことも当然できるのではないか…そのような思いをわたしはこのまんがに抱いている…

板垣巴留「BEASTARS」特設サイト|株式会社秋田書店
肉食獣と草食獣が共存する世界のお話です。アニメもやってる!おすすめ!声が良!
現実にある差別を"例え"に仮託して語ろうとするとどうしてもその例えの属性に引っ張られておかしなことになるな〜というのがここのところの実感なんですが、このまんがは肉食獣と草食獣が共にあるとはどういうことなのか、その場合どういう問題が発生するのか、どういう社会が形成されていくのかがとことん突き詰めて考えられていて、それでいてその社会の中に我々にもよく覚えのある"差別"がある、そういうまんがです。
そういうテーマのお話なのでめちゃくちゃ苦しくなることもありますが無意識に描かれているものではないし、そういう意味では安心して読めるし、何より面白い…面白いので…


ジャンプあれそれ
・チェンソーマン、よく呪術鬼滅と並んでそういう文脈でタイトルが出るんですけどこの作者に関してはマジで何の興味もないから逆にフラットに見えてるタイプだと踏んでるので(わりと昔からの読者です)安心できるかというとそうでもないんじゃない!?と思っています 「妹(おそらく弟でもよいが妹のほうがよさそう)」のいる「兄(もしくは姉)」への異常な関心は確かです 「男」と「女」の差、図鑑で読んだよ〜くらいの興味しかないんじゃないか…?
・約束のネヴァーランド これもよくそういう文脈でタイトルが出る 主人公が女である必要性が特にないところなんか熱いよな〜!と思います あまりわたしと"合う"ところがなくのめり込めてないまんがなんですが面白いのは確かだし安心感はあります。
・ブラッククローバー これも比較的、けっこう、フラットでよいです お話も面白い。展開が非常にスピーディーで無駄がなくスマート、それでいて駆け足さを感じさせることもほとんどない謎の独自性がある 悪い例として出されることの多い温泉回は「のぞきを悪いこととして描かなかった」が原因なんですけど、2017年に(基本的にかっこいい存在として描かれている)上司からのぞきを提案されてきっぱり断る姿や興味を持たない姿を描いたことは評価に値するところだと思うんですよね…

あまり数も挙げられなかったしぱっとしないまとめになってしまった。もっと意識して読んでいきたいです(反省)

2019年9月28日土曜日

Endless SHOCK

友達が誘ってくれて人生の実績解除してきた!
すごかった…なんかすごいもん見たな


・友達の死体を綺麗にする話じゃねーか!!!!!!!!
・劇中劇幕間の楽屋での諍いのあとの劇中劇二幕、空気が張り詰めててすごかったし怖かった
・大変なことが起ころうとしているのに「刀剣男士だ!」「こりゃー真剣必殺だわ」
起こっているのに「おっ!階段落ちやんけ!」みたいな雑念がわたしの邪魔をした
・鎧10kgと聞いてびびった
・幕間、すごいところで放り出されたのでポカーンとしてしまった 物販がすいていて助かった トイレにギリ行けた(思い出)
・ゾンビみたいなのに両側から引っ張られてスーと横移動するコウイチ、どうなってるのかと思って双眼鏡で見たら足元に板?が敷いてあって納得した
・手品を見ているのか!?という気持ちになった
・仲間たちに責められるユウマの心象世界、すげ〜〜〜〜〜良かった
・めちゃくちゃ心に残ったシーン、ふさぎ込んで体育座りしているユウマが回転する床によって中央付近まで運ばれてくるところ
・すげえ質量のある蘇り方する
・観客から仲間から全部奪って舞台を乗っ取るコウイチ、あまりにもあんまり 酷い むごい
・そういうところやぞ
・最初飛んだときすごい飛ぶやん!!!と思ったのにもっと飛んだのでポカーンとなった
・もうなんかずっとポカーンとなった
・埋葬……………………
・埋葬………………………………

・中山優馬くんに光の主人公属性をどうしても見てしまうので一年もそのような状態でいるだろうか?復活イベントがどこかで起こるのでは?と思ってしまった めちゃくちゃ精神が健全なんだよな…これは本来すごい長所なんだけど…
・真剣、はっきりとした意図がないとそこに存在しないものなのでいとも簡単に出現しすり替えられたことに引っかかり続ける
・たぶん真剣はこれくらい重さがあるのだから重さを意識した殺陣をしろみたいなあれで用意されていたんだろう、なぜ本番中もそれがそこに……
・男と男の巨大感情を描くのにアリバイとして女を置くんじゃない!
・中山優馬、めちゃくちゃ上手かったし存在感がありかっこうよく歌がうまくすばらしいものを見せてくれたが"情念"というようなものが感じ取りきれず、少年漫画のようなわりとカラッとしたライバルとの対立イメージを受け取ってしまい悔しかった、わたしの「中山優馬」へのイメージがだいぶ邪魔をしていたと思う それはそれとしてちらっと感想を検索してみたら成長を褒められていたので、もう数年後にはもっとすごいものになっているかもしれない

・Bradley Johnsonのダンスがすごく素敵だった 軽やかでうつくしかった

・東京公演のパンフ?の内くんが「泥まみれで痛々しいイメージ」「太陽と月みたいな感じ」と言っているのに大阪公演パンフで中山優馬くんが「僕が内くんのライバル役を見て感じたのはすごくパワフルでかつ真っすぐ」「イメージでいうと光」「僕のライバル役のイメージは闇や憂い」と言っていてエモ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜と思った
エモーショナル!!!!!!!!!!!!!!!人間はそれを見る「ひと」によってさまざまなもの、時には真逆のものにすらなる


それにしても本当にすごい「友達の死体を綺麗にする話」だった
(※加藤シゲアキの「ピンクとグレー」は「友達の死体をキレイにしたい」という発想から書かれた作品)

3階席で見たんだけど初見としては最高の位置から見られた気がする
友達…ありがとう…

何の気なく真っ赤なトップスで赤いカバンを持って行ったらすごいガチの光一の人みたいになってることに気付いて面白かった

Endless SHOCK | 梅田芸術劇場